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3月11日 

今日は3月11日。
あの日あの時の私の体験を回想してみる。

2011年3月11日
午後2時40分過ぎ

私は宮城に居る上役の先輩と電話で話していました。
45分過ぎ。
先輩が電話口で
「あ、地震・・・お・お!でかい!!やばい・・・!プー、プー、」
と・・・電話は切れた。
そう、揺れは宮城の方が早かった様です。
隣に座っていた上司に「宮城、地震みたいですよ」と伝えた瞬間・・・!

グラッ

地震だ。
普通、少し経てば収まるはず。
しかし、地震は更に揺れを増す。
私はとっさに何を思ったか、今にも倒れそうに揺れているCAD端末PC(結構高価)を押さえに3つ隣のデスクに行った。
あまりの揺れに端末は大振幅!机は動き、天井が落ちるのが見えた!その瞬間、CAD端末は机の向こう側へ落っこちた・・・!
私は諦めて机の下へ。

揺れは更に激しさを増す。

バチン!!!

停電だ。
その瞬間、あちこちでピーピーと音がなる。UPSが作動したらしい。
私の潜った机の下にもUPSがあったので、慌ててUPSの電源を落とす。

ふと思い浮かぶのは、この少し前に起きたニュージーランドの地震のニュース映像。

倒壊するのかも・・・。
味わった事の無い恐怖感だ。。。

印象的だったのは『バタンバタン』という何かの扉かが開いたり閉まったりする音だった。

暫くすると揺れは収まった。

ホッと胸を撫で下ろす。

机から出て、周囲の状況にギョッとする。
落ちた天井や壁、バラバラに散らばった机とかPCとか紙類。

PH12015.jpg
↑もう何が何だか・・・って感じです。

薄暗い室内。
隣の部署の管理職が、駐車場への避難を促す。

PH12016.jpg

駐車場では家族に電話をする面々。中々繋がらないらしい。
工事業者の車からラジオが聞こえる。酷く広範囲な地震だったと初めて知る。

1,2時間経って、帰宅指示が出たので帰宅した。
運が良かったのは、車は無傷だった事と、壁や屋根の瓦が落ちている家はあったものの周囲に倒壊した建物は無く、渋滞も無く帰宅出来ました。

家に着くと電気は点かない。やっぱり停電だ。
部屋に入ると物が散乱しているが、心配していたTVは90°横を向いていたものの、TV台から落下はしていなかった。

PH12017.jpg
↑別に普段から散らかしている訳ではありませんよ(汗)

とりあえず当時東京に住んでいた親に電話して、無事を伝え、無事を確認し、愛知に住む姉貴にも電話したら・・・

姉「どしたの?」

こら・・・もっと心配してくれ・・・(汗)

3.11関連ではその後ももっともっと色々ありました。
正直、私がこれまで生きてきて、自然災害の被害にこれほどまともにあったのは初めてでした。
それでも津波や原発の被害に遭われた方々に比べれば、大した事無かったんですけどね。

恐らく今日はTVも追悼番組的なものをいっぱいやると思うんだけど、ただのお涙頂戴じゃなくて、本当にこの震災の記憶は忘れちゃいけないんだって番組をやって欲しいな。
[ 2012/03/11 13:38 ] どーでもいー話 | TB(0) | CM(0)

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